【スポーツ精神医学研究チームの目的】

多くの臨床医学分野の中でも、精神医学はスポーツとの関係が深い分野です。当科をはじめ多くの精神科リハビリテーションでの現場ではスポーツレクリエーションが実践されています。また、「認知症予防には散歩などの有酸素運動が有効である」や「適度な運動によりセロトニン分泌が促進され、うつ病の改善につながる」といったものなど、多くのエビデンスが報告されています。当チームでは精神医学とスポーツの「陰と光」の両側面に焦点を当てて、研究を進めています。

【スポーツに関わる精神疾患】

前項で触れましたが、多くの精神疾患がスポーツと深く関わっていますが、我々は特にスポーツにおける摂食障害について研究しております。イギリス政府後援のもとUK Sportが発行した「Eating Disorders in Sport」など、摂食障害とスポーツに関する研究は世界中で多くのものが行われています。アスリートは摂食障害と無縁ではないかと思われる方もおられるかもしれませんが、実はアスリートの摂食障害の有病率は13.5%とアスリート以外よりも高い値となっております。男女別に見てみますと、女性アスリートの有病率は20.1%、男性アスリートの有病率は7.7%となっています。アスリートの方の摂食障害とそれ以外の方のそれは大きく異なるわけではありませんが、前述の通りそもそもアスリートの方は摂食障害を患われている方が多いのも事実で、治療に難渋することが多いのも事実です。我々は当科で摂食障害に関する研究が進められているCNPチームや力動精神医学チームと共同しながら、アスリートの摂食障害を早期に発見するバイオマーカーの構築および、アスリートが摂食障害に罹患してしまった場合の有効な治療法についても研究を進めています。

【治療としてのスポーツ】

冒頭でもご説明しましたが、スポーツは精神疾患の予防ないし回復に大いに関わっています。適度な運動は健康を保つために必要であるということは精神疾患だけでなく他の多くの病気にも共通して言えることです。厚生労働省では現在5代疾病として「ガン、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患」を指定しております。ガン、脳卒中、急性心筋梗塞を発症してしまう根底には糖尿病が関わっていることは広く知られていますが、それよりもっと根底には精神疾患が関係していると我々は考えています。

上記の図の通り、精神疾患とその他の5大疾病は相互に連関し合い、その他の5大疾病で精神疾患を発症することもありますし、逆に精神疾患がその他の5大疾病に悪影響を及ぼすことも十分考えられます。そのため、精神疾患の発症を予防することは致命的となりうる疾患を予防することにもつながり、精神医学は予防医学の最前線に位置しているとも考えられます。我々は精神疾患の発症の予防に適度な運動が有効であるという、一見当たり前とも考えられることにも専門的な科学的知見からエビデンスを積み上げていきたいと考えております。

【スポーツ能力向上を目指した神経科学】

我々はスポーツ心理学についても研究しております。スポーツ心理学も多岐に渡る学問分野ですが、その中の一つである「ゾーン」についてここではご説明したいと思います。スポーツの試合経験がある方の多くは実感された事があるかもしれませんが、スポーツと精神は大きく関係しています。より良いパフォーマンスを行うには精神医学の知見は欠かせません。

上記の図の右側がいわゆる「あがりの状態」であり、左側がいわゆる「さがりの状態」です。その真ん中の緊張と興奮の程度が最適な部分が「ゾーン」と呼ばれる部分です。しかし、ゾーンの位置は種目によっても、そして選手によっても大きく異なります。上記の図より右にシフトしている場合もありますし、左にシフトしている場合もあります。自分の適切なゾーンを見つけるにはどうしたらいいのか、我々はその答えを脳科学や画像学の研究手法を用いたNeuroscienceの知見から、そして心理学の知見から、見出そうと研究を重ねています。

最後に我々自身もスポーツに取り組んで多くのことを学び、それを臨床や研究に還元するよう日々努めています。チーム員の錫谷は全日本医師柔道連盟にも所属し、日々鍛錬に励んでおります。

講道館にて