1) 主な研究内容

バイオマーカーとは「通常の生物学的過程、病理学的過程、もしくは治療介入に対する薬理学的応答の指標として、客観的に測定され評価される特性」のことを言います。
医療においてバイオマーカーは、「治療に資する客観的な診断方法」と言い換えることができ、生化学検査、画像検査、生理学検査などにより、機能や構造を定量的に測定して用いることができます。
現時点では、多数の研究者による努力にもかかわらず、精神医学領域には客観的な診断バイオマーカーがなく、主に問診によって診断している精神科医療における課題は、各精神疾患の診断バイオマーカーを獲得することにあります。
当研究チームでは、各種精神疾患の脳病態を神経生理、生化学、神経画像を組み合わせて解析することを通じて、精神疾患を持つ当事者の診断・治療の向上など福祉や精神医学の発展に貢献することを目指しています。

2) 研究体制

  1. 神経生理学検査
     - 多チャンネル脳波計測のよる事象関連電位(ミスマッチ陰性電位[MMN]、P300、中間潜時反応[MLR]、聴性脳幹反応[ABR]、Frequency Following Response[FFR])  
  2. 生化学検査
     - 遺伝子解析(ドパミン・グルタミン酸・セロトニン関連遺伝子など)
     - モノアミン代謝産物測定(HVA、5-HIAA、MHPG)
  3. 神経画像検査
     - MRI検査(voxel-based morphometry[VBM], diffusion tensor imaging[DTI])
     - SPECT検査

3) 研究テーマ

現在、主だった研究テーマは以下の通りです。

  1. 聴覚ヒエラルキーにおけるError signal研究
     - 各聴覚レベルにみられる逸脱反応を精神疾患において検証
  2. 精神疾患発症予測
     - 統合失調症・認知症などの精神疾患の発症を予測するモダリティの構築
  3. 薬物治療と定量脳波
     - 精神科薬物治療により得られる脳反応を多チャンネル脳波によって定量的に測定
  4. 神経生理検査と生化学・神経画像検査とのハイブリット研究
     - 遺伝子解析、脳形態・機能画像と事象関連電位を組み合わせた新しいバイオマーカー開発

学生、研修医のみなさんへ

音の認知は、耳から一次聴覚野にかけての聴覚伝導路を一方通行で受け取るだけではありません。実は、外部からの情報を受け取るだけでなく、常にそれに対して「予測」をしているのです。
脳は過去に得た「外部情報に関する知識や経験」をもとに「次に受け取るのはどんな外部情報なのか」を予測します。そして、受け取った外部情報と自らの予測結果を照合させてその誤差を最小化する情報処理をし、情報処理モデルを書き換えているというフレームワークが想定され、「予測符号化」と呼ばれています。
当研究チームでは、この予測符号化を反映すると言われているミスマッチ陰性電位(MMN)についての研究から始まりました。MMNは統合失調症で減衰することが報告されており、近年はこの疾患の発症予測にも有効なのではないかと期待されています。
このような予測しない聴覚刺激に対する反応は、聴覚皮質を発生源にするMMNのみならず、最近は解剖学的には下位の早期反応にも観察されることが報告されるようになっています(下図)。
当研究チームは、こういった聴覚情報処理に関わる基礎的研究の臨床応用と、複数のモダリティとの統合によってバイオマーカーを開発することが目的です。
脳科学に興味のある多くの方をお待ちしております。